2017年09月11日

2017年9月9日、11日、熊本城西大手櫓門手前の陥没工事その後

2017年9月9日、11日撮影
熊本城西大手櫓門手前の陥没工事その後


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2017年9月9日撮影

前日に比べてスッキリしているー。



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2017年9月11日撮影

朝、二の丸に行ったら、ちょうど工事車両が入ってきました。

トラックが重機を積んでやってきました。


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重機がトラックから降りました。

こういう普段見ることがないから、ちょっとワクワクします。



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こちらにもトラックや重機が・・・。

ひとつの作業をするにもたくさんの人の手、そしてトラックや重機が必要です。

こういうことをしっかり覚えておかなくては。この積み重ねが復旧につながるから。



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陥没ヶ所だけではなく、その周辺も手が加えらています。

こういうのを見ると本当に大変な作業が、長い長い期間続き、修復に結びつくんだなーってわかります。




      熊本城籠城戦経過

明治10年3月13日
段山の激戦、いまだ決せず。
軍の配置変換あり。
段山の激戦に官軍勝利する。よって、片山邸の山砲2門を移し砲歩兵を置く。
飯田丸・千葉城も安己橋・花岡山の薩軍と砲戦。
県庁・片山邸・野砲営・藤崎の砲台より花岡山の砲台を撃つ。
法華坂の守兵は北岡村にある薩軍の火薬庫を焼滅させる。

工兵隊、塹壕堡(ざんごうほう)を段山に造り、戦闘に勝利した後、すぐに胸壁・砲台を周囲に築き、交通路を開き井芹川の石橋を撤去する。
死傷者最も多く、入院93名、即死者40名。
京町会津屋で濁酒10樽を得る。
段山で粟38俵、小麦12俵、玄米17俵、切り干し大根1俵、大豆1俵、唐芋1俵、籾米20俵、もち米1俵を得る。
これとは別に精米29俵、玄米1俵を小笠原邸で得る。
薩軍の小銃230余挺、弾薬数百発を得る。
小銃の種類多く、エンフィールド・スナイドル・ウルソン・和銃など。
エンフィールド銃が最も多い。
弾薬箱は背襄を模倣した木製のもので、表面に第五番大隊分隊、側面に国府と記す。
posted by 夢子 at 16:28| 熊本城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする