2017年08月13日

2017年8月12日、熊本城二の丸広場から見た大小天守閣と宇土櫓

2017年8月12日撮影
熊本城二の丸広場から見た大小天守閣と宇土櫓


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目の前の西出丸塀は地震で倒れました。

だから、石落としの口が下ではなく横に。

こんな状態の石落としが見えるのも、地震があったから。

まさに今しか見えない状態です。

その石落としの口が葉っぱで隠れそう。

そして、よーく見ると石垣に雑草が。

塀が倒れてましったから、そこから生えているようです。



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二の丸広場を南から北へ少しづつ移動します。

最初、大天守、小天守、宇土櫓が一列に並んで見えましたが、ここに来ると小天守が隠れます。

加藤清正公の時代、大天守と宇土櫓はありました。

でも、小天守はなかったと言われています。

清正公が二の丸から見ていた光景はこれです。


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ここも塀のところに雑草が・・・。



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小天守は息子の忠広公のときに造られてと言われています。

今は城内に入れないので、石垣を近くで見ることができませんが、大天守と小天守の石垣は違う時代のものです。

隅石が大天守は算木積み以前の積み方で、隅石の大きさがほぼ同じです。

小天守は算木積みです。

熊本城に詳しい富田先生によると、大天守は慶長4年(1599年)頃石垣を構築、小天守は慶長末から寛永初期のころ構築とのことです。

石垣をひとつひとつ見ていくと、積み方の違いがわかり、それを見るのが楽しかった。

城内に入れるようになったら、ひとつひとつ今まで以上にじっくり見るつもりです。


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posted by 夢子 at 09:52| 熊本城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする