2017年08月02日

2017年8月1日、空堀から見る戌亥櫓

2017年8月1日撮影
空堀から見る戌亥櫓


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観覧区域拡大のためにつくられた新しいルート。

ここから下に降ります。



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坂をおりるにつれ、戌亥櫓がどんどん大きくなります。

地震後、この戌亥櫓と飯田丸五階櫓は石垣が崩れ隅石一本になりました。

飯田丸五階櫓はまったく近づくことができないので、隅石を見るには市役所に行かなくてはいけなかった。

でも、戌亥櫓は二の丸広場からいつも見えたから、それで満足していた。

しかし、空堀から見るのは違います。近いから迫力がある。

隅石の頑張りが、強さが、すごさが今まで以上に伝わってきます。


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空堀の池?

本当は池ではありません。

この空堀は加藤清正公によって造られたものです。

江戸時代も明治も空堀でした。

ここに水が溜まるようになったのは昭和28年の大水害以降です。

大水害のとき、街にあふれた土砂をここに埋めたら、水が溜まるようになり・・・。



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西出丸塀の崩れた石垣も近いです。

近くで見ると、塀が石垣を守っているようです。


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石垣の膨らみ、緩みも近いから細かいところまでよくわかります。


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隅石でしっかり櫓を支えています。

熊本城は気負(きおい)という技法を使っております。

気負とは石垣の隅だけ数センチ高く石を積む方法。

高く積むことで震動が生じたとき建物の加重は隅角石に集中し、隅石の列は建物の重みを受けお互いに押し付けられるように密着し、他の部分が崩れても隅石だけ残り建物を支えることができます。

隅石以外は膨らんだり、緩んだりしていますが、隅石が上下の石とぴったりくっついています。

これで今も櫓を支えています。



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石垣が崩れてしまい、そこから青空が見える。

何年か後、何十年か後、戌亥櫓が元に戻ったら、

『地震のあと、崩れた石垣と残った隅石の間から青空を見たんだよ』

と言える日が待ち遠しい。


つづく


posted by 夢子 at 10:01| 熊本城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする